「和名に引っ張られている」という状態 – シリーズ「和名考」その5

今回は僕(HARAZAKI.NET)のコメントになります。
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shigeru_base_bigger.jpgしげる – HARAZAKI.NET (2010/03/24)
お付き合い頂き、ありがとうございます。(^^)
やはり僕は自分が言いたいことの論旨を外れることなく、しっかりと第三者に伝える文章を書く力が弱いようです。。。(笑)
> 和名について議論する機会なんてあまりないので、この文章をまとめるだけでも
> 考えを整理する良いきっかけになりました。どうも有難うございました。
いやいや、それは僕も同じです。
これを機会に自分の考えをまとめて自分のブログに書けるようにしたいと思います!
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まず、これなのですが。。。
> 仰る意味はよく分かります。でも、これは「人名」や「地名」に基づく名前を付けたって事態は同じではないでしょうか。
> これは「外観に基づいて命名するか」、「地名・人名で命名するか」とは異なる問題なのです。
まったくその通りだと思います。(^^;;
すっかり自分が言いたいことの論旨を外れてしまいました。。。
これは、ねよしさんの考えと同じように「既に存在する種の語頭や語尾に新たな言葉を付け足して新たな和名とする命名」に対する反対意見でしたね。。。完全に他の問題をゴチャマゼにしていました。
>  「既に報告されている種に似ていると表わす事で繋がりを印象付ける」
そうそう!そうです!!
それも「ニセ~」とか「ミナミ~」という和名が及ぼす弊害のひとつですよね。。。
「ミナミ~」とかつけると何だか本種(?)に対して、「ミナミ~」が亜熱帯種であるかのような錯覚に陥ります。。。(^^;;
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言いたいことの論旨に戻しますね。
僕は決して外観に基づいた命名は絶対にダメだ~!!と言っているわけではありません。
「地名や人名はその魚を想像できない」というのであれば外観に基づいた命名もそれは同じではないか?
むしろ、どちらかというと外観に基づく和名の方が様々な弊害を生んでいるのではないか?という事を言いたいのです。
魚(生物)は「人によって」、「場所によって」、「魚の状態によって」持つイメージや見え方は変わってきます。

  • 人による感じ方の違い

    ある人が「これはどう見たってタテ縞だろぉ~!」とか「これは間違いなく赤いだろぉ~!」などと当たり前のように思っていても、そうは思わない、見えない人は必ずいます。
    また同じ魚を見ていても、ある人はその魚の体色が赤いことに強烈な印象もったかと思いきや、ある人には体側の青いラインの方が印象的だったりするかもしれません。
    というか、そのようなケースはいろいろなゲストと話をしていると、しょっちゅう感じることです。

  • 場所による見え方の違い

    また魚は場所によっても見え方や色・模様は変わってきます。
    伊豆では赤く見える魚も屋久島では白く見え、八丈島では茶色く見えたりします。
    伊豆では濃紺に見える魚も沖縄では淡いエメラルドブルーに見える事でしょう。。。

  • 魚の状態による外観の違い
    tasogare.jpg

    前のコメントでも書いたように、成長過程や雌雄、親子、そして興奮状態で体色や模様が変わるのはご存知だと思います。
    最近ではこんな話もありました。
    一昨年、タソガレスズメダイという黒っぽい地味な魚が日本初記録され、新しい標準和名がつきました。
    しかし国内ではその地味な成魚は稀で、綺麗なブルーの体色の幼魚ばかりが目に付くので、幼魚だけを見て「こんなに綺麗なのに、なんでタソガレなんでしょう??」と言っている方が沢山いました。。。(笑)

    追記:
    この”モンスズメダイのブルーバージョン”と呼ばれていた子(幼魚)が”タソガレスズメダイ”として標準和名がついたと勝手に思っていたのだが、違うみたい。。。(・・;)
    そうなると多少話が変わってくるのだが(笑)、ここでは「和名を考える」という趣旨の文で、なおかつ仮に同定が違っていたとしても、”幼魚だけを見て「こんなに綺麗なのに、なんでタソガレなんでしょう??」と言っている方が沢山いた”事は事実で、文の内容や流れからは特に問題はないので、このまま消さずに残しておきます。
    。。。というか、むしろこれでますます「和名に引っ張られて真実が見えなくなってしまった」良い例になってしまったような気が。。。(笑)

    2010/05/16

    tatejimakinchaku.jpgtatekin.jpgもっと有名なのはタテジマキンチャクダイでしょうか?
    成魚は確かに縦縞ですが幼魚は渦巻き模様で、温帯域では南方から流れてきた幼魚しか見られない事から、初めて見たダイバーは、なぜ”タテジマ”キンチャクダイという和名なのか頭を傾げている事でしょう。。。(笑)



    seguro.jpg

    さらに和名提唱者(研究者)は死んだ標本を元に和名をつけるでしょうから、僕ら生きた魚を見ているダイバーとは見え方や最もその魚を特徴づけていると感じた点(目立つ標徴)は違ってくると思います。
    例えば死んだ標本を見ている和名提唱者に背鰭の黒斑がよく目立つからと言って「セグロヘビギンポ」という和名をつけられても、生時はその標徴が見られなければ僕らダイバーには意味はないし、むしろダイバーには例えば、標本しか見ていない研究者の方は知らない、死後は印象が薄くなってしまうが”背鰭を振る仕草”の方が印象深かったりするなどのケースが非常に多いです。
    生時は黄色っぽい魚なのに死後は赤くなることからアカヒメジと名づけられた件も有名ですよね。


> 繰り返しますが、その魚をイメージ出来る様に標準和名のシステムがあるのだと僕は考えるので
確かに地名や人名を和名につけると、その魚を見たことがない方にはイメージができないでしょう。
しかし、それは外観でも同じことです。
なぜなら、そのイメージが万人に共通のものであれば良いのですが(万人が同じようなイメージを持てれば良いのですが)、
実際は見る人や、見る地域、見る環境、見る人の経験や知識、見る状態によって、感じ方は様々だからです。
和名提唱者Aさんには4本のラインに見えたから「ヨスジ~」という和名をつけても、ある人には5本に見えるかもしれない。
ある意味、ビギナーダイバーの持つ疑問はもっともなものが多く、「ヨスジ~」という和名の魚がいたとして、よくある質問として「なぜこの魚は5本ラインがあるのにヨスジ~という名前なんですか?」というものがあります。
これが僕の言う「和名に引っ張られている」という状態です。
ある程度、魚を知っていればあまり気にならないことなのですが、彼にとっては大疑問です。
これに対してその質問に僕はよくこう答えます。
「和名は研究者にはその時そう見えたからそういう名前がついただけで、決してその魚の絶対的な特徴をあらわしているワケではないから気にしないでください。あまり和名に引っ張られないようにした方がいいですよ。
これは、正(ただし)さんが必ずしも”正しい”わけではないのと同じです。(笑)
だって僕の名前は「しげる」と言いますが、決して木が茂っているようには見えませんよね?(笑)えっ?見える?(-_-;)」
つまり、魚の外見的特長(色や模様や形、そして仕草を含む)はその魚の万人が納得する唯一無二の標徴とは言えないと思います。
言い方を変えると、万人が納得する唯一無二の標徴というのは存在しないのだから、その魚の外観に基づいて和名をつければ、その魚をイメージできるという発想自体に無理があると思うのです。
ちなみに下記の例で僕が想定していたのは次の魚です。(笑)
> >> 「(和名が)”アカ~”なのにナゼ赤くないの?」
akahata.jpgこれはアカハタです。
屋久島では基本的に白っぽい個体が多いため、そのような質問が出るのだと思います。
写真の子は冬季に撮ったものなのでまだこれでも赤味がある方ですが、夏季の水温の高い時期で海中が明るい日などはもっともっと真っ白です。

> >> 「(和名が)”タテジマ~”なのにナゼ縦縞じゃないの?」
tatejimahebi.jpgこれはタテジマヘビギンポです。
この魚のオスは繁殖期の間はずっと白い横縞が目立ちます。
その縞の本数も多いため、オスを見ている限りではヨコシマヘビギンポでも全然問題ないぐらいです。(笑)
この写真の子はかなり興奮してしまって、白い横スジが斑状になってしまっていますが、通常は細く白い横縞が何本も出た状態になります。

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> >> 体色や模様をそのまま和名に充てても、それはあくまでも現時点での話で、今後
> >> もっとその和名に適した魚が出てくる事も考えられます
>
> これは仕方の無い事と腹を括るしかないと思います。
いや、そうは思いません。
最初から魚にはその外観から和名をつけることを避ければ良いだけだと思います。
和名がついてスグの頃だったら、その和名からすんなり魚を連想できると思いますが、他に似た魚やもっとその和名に似合う魚が見つかって、それに別の和名がつくと必ず混乱をきたすと思います。
のちのち必ず混乱してくる人、和名に引っ張られちゃう人がいるはずです。
というか、現になかなか魚の名前を覚えられな~い!と言っているゲストの多くはそれが原因のひとつだと見受けられます。
間違いなく、どこからどう見ても「タテ縞」であれば覚えられるのですが、その人にとっては違うのだからそれはさすがに覚えられない。。。(^^;)
bengaru.jpgyosuji.jpgこれは先ほどの「ヨスジ~」が良い例です。
ベンガルフエダイ(右)という魚がいます。
この魚はヨスジフエダイ(左)にそっくりなので、今でもダイバーの間では混同され続けています。
それもそのはず、ヨスジフエダイ以上にクッキリと太く縦縞が4本あるのだから仕方がないのです。
それに対してヨスジフエダイには生時は5本目のラインが口から胸鰭、そして尾柄部にかけてしっかりと入っています。
これが混乱の原因です。
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> 学名では一般の人々が全く関心を持てないので標準和名が提唱されているのでしょうから、
> 「引っ張られる」と言うのはある意味では本懐と言えるとも思います。
> 引っ張られない、つまり関心を持たれない和名では意味がありません。
それなら地名や人名でも興味は十分に持たせることは可能だと思います。
外観に合っていないと興味をもてないわけではないと思います。
地名や人名でも和名には必ず物語があるはずです。
決して安易につけているとは思えません。
この和名がついた物語を知れば、その魚への関心も増すのではないでしょうか?
> 標準和名にも時代に耐える安定性があった方がよいと思うので、
外観に基づいてつけられた和名には時代に対する安定感があって、地名・人名に基づいてつけられた和名にはそれが無いとは思えませんが(笑)、仮にそうだとしても時代に耐えうる和名にする必要は本当にあるのでしょうか?
またまた、あまりにも長くなってしまったので、いったん、ここで切りますね。(^^;;
最後の「外観に基づいていなくても関心は持ってもらえる」という事と、「はたして時代に耐えうる和名にする必要があるのか?」という事については、また機会があれば話させてください。
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次回はこの僕(HARAZAKI.NET)のコメントに対するねよし(富戸の波)さんのコメントになります。

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