和名を通して文化を継承する – シリーズ「和名考」その7

今回は僕(HARAZAKI.NET)のコメントになります。
————————————————————
shigeru_base_bigger.jpgしげる – HARAZAKI.NET (2010/03/24)

ヘビベース

外観の第一印象から愛称(ニックネーム)をつけるという話、よ~く分かります!(^^)
http://triplefins.fish-net.jp/ヘビベース」なるヘビギンポのデータベース・サイトを運営しています。
ヘビギンポの仲間はご存知の通り、分類の難しい種類なので研究が進んでおらず、まだ正式な名前のないものが山のようにあります。
「ヘビベース」ではこれに覚えやすいように、また識別しやすいように、未記載や未同定だけど婚姻色などから明確に分類できる種類に勝手な愛称をつけています。
さすがに「ヘビギンポA」とか「ヘビギンポB」では、絶対に印象に残らず不便なので、外観の第一印象や関連する地名などから単純に思いつきで付ける事になります。
(余談ですが僕はこの愛称にわざと漢字を入れたり、絶対に「ヘビギンポ」という言葉は入れないように注意しています。それが標準和名だと思わせてしまう事を防ぐためです)

597.jpg694.JPG例えば頭に点々があるから「頭テンテン」とか、口に口紅を塗ったような顔をしている事から「お洒落ヘビ」とか。
それは他の方が見たらそうは見えないかもしれません。
でも、いいんです。
これは僕個人が好きなヘビギンポを自分なりに(個人的に)分類できれば良いと思っているだけだからです。

810.JPGちなみにその愛称の中には「地名」を含んでいるものもいくつかあります。
これは僕が最初にそのヘビギンポを知った経緯から、外観よりもその土地の名前の方がそのヘビギンポを思い出しやすかったからです。
例えば、最初に見つかった場所が沖縄本島の恩納村だったヘビギンポがいるのですが、さらに続けて別の方からの2回目の報告も恩納村だったため、「うぉ~!!こいつらって恩納村からの報告ばかりじゃん!」と強く感じた事が頭に残っており、それでそのヘビギンポには「恩納ヘビ」と名づけました。
あとで思い出すときに外観よりもその地名からの方が連想しやすい場合もあるのです。
しかしこの場合も、これを連想できるのは多分、僕だけだと思います。(笑)
でも、いいんです。
これは僕個人が好きなヘビギンポを自分なりに(個人的に)分類できれば良いと思っているだけだからです。

個人レベルで楽しむのなら

つまり、個人レベルで楽しむモノなら、名前なんて何でも良いのだと思います。
外観から連想しやすいと感じれば外観から、地名から連想しやすいと感じれば地名から、それぞれ自分が覚えやすい名前を思いつきで付ければ良いわけです。
このヘビベースに関してはまだ正式な標準和名のない種類を、個人的に遊びで分類しているだけなので良いのですが、学術的に分類が確定した魚に対して正式な標準和名を提唱する場合、このように単純に個人的な感じ方や思いつきで和名をつけるというのはどうなんでしょうか?( ̄へ ̄|||) ウーム
和名というのは日本国民の誰もが共通認識を持てるようにするためのモノであり、個人的な感じ方や思いつきで名づけるのは本来ならナンセンスだと思います。
それが許されるのは種レベルではなく、個体識別の際の個体レベルまでだと思います。
なぜなら個体レベルの共通認識を必要とするのはせいぜいそれを行う個人、もしくは一定のグループ内だけの話だと思うので。。。
ねよしさんの人間に対する
「白髪の木下さん」
「黒めがねの加藤さん」
とか、クマノミに対する
真っ黒の個体に対しては「コクトー(黒糖)」
尾ビレの湾入が大きい個体に対しては「ヤジリ(鏃)」
というのは、個体レベルの話です。
個体レベルの識別だったら、通常はそれを行う個人、もしくは一定のグループがそれを認識できれば良いだけなので、個人的な感覚や思いつきで命名すれば良いのですが、今、話題にしているのは「ヒト(Homo sapiens sapiens)」とか「クマノミ(Amphiprion clarkii)」という種レベルの命名の話です。

僕の脳内メーカー

T-364-1.gifそれでは種にはどんな名前をつければ良いのか?という話ですが、結局これはどんな名前をつけても一緒だと思います。
外観でも生態でも、地名でも人名でも。。。
どれも一長一短で、それぞれ短所もあれば、それぞれ長所もあります。
どれにしたって混乱はあるのなら、そこに拘る必要はまったくない。
(ちなみに左が僕の「脳内メーカー」です。)
だったら、そのように命名した理由(物語)がしっかりあるものであれば、外観、生態、地名、人名を問わず、何でも良いのではないでしょうか?
それに最初に深く関わる人(研究者や第一発見者など)が好きな名前を思い入れを込めてつければいいと思います。
ただ出来れば、単純に個人的な感じ方や思いつきを基にしたもの(特に外観や生態に基づいた和名にそのようなものが多い気がしますが、地名や人名に基づいた和名でもありえる事だと思います)だけは避けるようにした方が良いとは思いますが。。。
あとに続く者たちはその魚との接点が同定作業(その魚と同じ種類である事を図鑑や標本などで確認する作業)になるのだから、あとはそれに従えば良いだけだと考えます。

和名のネーミング方法

僕も和名にも学名のように「標準和名命名規則」のようなものは必要だと考えています。
しかし、その中で定めるものは、その手続き方法(例えば”標準和名は必ず標本に基づき論文やリストの形で提唱する”など)だけで良いと思います。
和名のネーミングについては、学名のように細かく、ガチガチに規定するのは反対です。
和名のネーミングに規則がないのはむしろ良いことだと考えることはできないでしょうか?
魚を正確に分類し、学術的に後世に伝える役割をするのは学名だけで良く、逆に和名は一般の人に親しみを感じさせる目的であるなら、かなりの自由度を設けた方がいいと考えます。
ネジリンボウの「~ボウ」のように、遊び心さえもあって良いと僕は思っています。
何度も言いますが、「ネジリンボウ」という和名の良いところは「~ボウ」の部分があるからであって、「ネジリハゼ」では決して良い和名だとは感じないはずです。
「ネジリハゼ」では、「ミナミヒレナガコクテンハゼ」同様に”少し素っ気無く無機的に感じる標準和名”だと思います。
また”和名の命名”を「ある地域に人の目を向けさせる(地域おこし)ツールとして利用する」というのもありだと思っています。
yakukitu2.jpg実際、屋久島という島は偉大な森の存在が大きく、海への関心が薄い島なのですが、「ヤクシマキツネウオ」の命名によって屋久島の住民に自らの海に目を向けさせる良い機会になったと思います。
これまで屋久島の陸生動植物には「ヤクシマ~」の名前を冠した生き物が沢山いるのですが、海に関しては数種しかいませんでした。
住民の中でまったく海と接点のない方が「ヤクシマキツネウオ」の名前を知っていて、それを誇りに思う気持ちを芽生えさせた事は価値ある効果だと思います。
ちなみにこの「ヤクシマキツネウオ」は元々屋久島近海には非常に多い魚で、地元では「マッドイボ」と呼ばれ、イカ釣りのエサなどに使われるメジャーな魚だった事を付け加えておきます。

bontoides by S.Harazaki.jpgちなみに、その数ヵ月後、同じく屋久島の宮之浦川で採取された日本初記録のハタがいます。(これは今でも国内では屋久島のみの記録)
この魚には「シラヌイハタ」という和名がつけられたのですが、今でもこの魚の存在をほとんどの島民は知りません。
「ヤクシマ~」の名前がついていなければ、話題にもならないのです。。。

標準和名で文化を継承する

人名も同様です。
DSCF1723[1].jpg先日、「イズオコゼ」という魚が新種記載されました。
これはこれまで伊豆などで「マスダオコゼ」だとされていた魚が実は誤同定で未記載種(新種)だったという話なのですが、この「マスダオコゼ」は伝説のダイバー・益田一さんに献名されたものだと勘違いしているダイバーが多いようですが、実はまったく違います。
この魚の「マスダ」は戦前に実在した若い優秀な研究者さんの名前だそうです。
彼は魚類学を志し、学生ながら極めて質の高い論文をいくつか書いており、ある研究者の方はこのマスダさんが研究を続けられていれば、今日の分類体系にも影響があったのでは?というほどの優れた方だったとお聞きしています。
しかし、この前途有望な学生さんは、太平洋戦争末期の学徒出陣のために召集され、戦死してしまったそうです。
もし、標準和名にこの方のお名前が残らなければ、マスダさんの無念は語り継がれなかったことでしょう。
これは、ある研究者さんが言っていて、僕も非常に共感したことなのですが。。。
時代に影響されることのない安定した言葉を標準和名に充てるのも大切なのかもしれませんが、むしろ
“時代によって価値が変わってしまう言葉(人名、地名含めて)、忘れ去られてしまう言葉を標準和名の中に残すことで、その文化を継承し続ける”
という事もジャンルを越えて使用される機会の多い標準和名がもつ大事な役割だと思います。
この和名を例にすると、これがきっかけとなって、魚に興味を持つ若い人たちにも「太平洋戦争」「学徒出陣」など、かつて暗黒の歴史が私たちの国にあったことを説教くさくなく語っていけるでしょう。

和名は「人文科学」、「社会科学」の領域にもまたがる

これもその研究者さんの言葉の受け売りになりますが、「生物に名前をつける」こと、特に和名の命名は、「自然科学」であることはもちろん、「人文科学」、「社会科学」の領域にもまたがっています。
標準和名が日本の文化のひとつと位置付けるならば、地域活性化に利用されることは大いに推奨されるべきではないでしょうか?
F-361-sakuradai.jpgF-119-madai.jpgただ和名のネーミングに関して注意すべきだ、ある程度規定すべきだ、と考えている事もあります。
それは地方名や昔から日本人に使われてきた名前との絡みです。
例えば、昔から産卵期で脂が乗って「身が桜色」になったマダイが桜鯛と呼ばれていますよね?
そうなると、ハタ科ハナダイ亜科のサクラダイの命名はナンセンスだと思います。
知らない人が聞いたら混同してしまう可能性もあります。
サクラダイの和名提唱者はもう少し配慮しても良かったように感じます。
これは先ほどの”標準和名が日本の文化のひとつと位置付ける”という事と関連しているのですが、昔から呼ばれている地方名や呼称名は日本の文化です。
すでに別の魚に使われている呼称名を標準和名には使わない事や、ある程度、その地方特有の「ならでは」の魚であるなら(固有種という事ではないです=海では固有種というのはほとんど存在しないと考えています)可能な限り地方名を標準和名にするのもアリだと思います。
この日本古来の文化を尊重して和名をつける事は最低限必要なことだと考えています。
そんなわけで、僕は、ねよしさんのいう「標準和名命名規則」の中で
2)日本語の豊かさを感じさせる名前とする (親しみ易さを目的に折角日本
   語で名前を付けるのだから、その広い語彙や歴史を生かしたい、遊び
   たいと言う文化的要請。が、結果としてそれが和名の覚えやすさに繋が
   り、上の機能的要請も満たす事になる)
だけは大いに賛成しております。
———————–
追伸:
> 外観を分かり易く表しているけれども、少し素っ気無く無機的に感じる標準和名があるのも事実です。
先日もそのような例に当たると思われる標準和名が提唱されました。。。(笑)
新属新種のようなのですが、その属名と一気に4種のハゼに「外観を分かり易く表しているけれども、少し素っ気無く無機的に感じる標準和名」がつけられました。
ホオカギハゼ属 – 頬の後端に突起がある事が由来になっているようですが、僕らが水中でそれを肉眼で確認するのは難しいようです。
フタヒレホオカギハゼ – 「日本のハゼ―決定版」P472に載っている「ハゼ科の一種4」。
ウロコホオカギハゼ – 「日本のハゼ―決定版」P475に載っている「ハゼ科の一種7」。
アサバノホオカギハゼ – 「日本のハゼ―決定版」P473に載っている「ハゼ科の一種5」。
イトカケホオカギハゼ – 「日本のハゼ―決定版」P474に載っている「ハゼ科の一種6」。
それぞれ、その特徴や生態に応じて、フタヒレ、ウロコ、アサバノ、イトカケと名づけられたわけですが、多分、僕は浅場(アサバ)に偶然ウロコホオカギハゼがいても、きっとアサバノホオカギハゼだとしか思わないでしょう。。。(激似!)
またフタヒレとイトカケも激似なので、単純に名前に引っ張られて混同しそうな気がします。。。(^。^;)
この場合、属名は正確な形状的特長を示しているのでまだいいのですが、種名に関しては個人的な感じ方や思いつきで名づけたようにしか思えません。。。しかも死んだ標本を基に。。。(笑)
————————————————————
次回は僕(HARAZAKI.NET)とねよし(富戸の波)さんのまとめ「議論を終えて」になります。

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA