温度差

脳死を一律に人の死とする臓器移植法改正A案が衆院を通過した。

この法案は人の死を定義するという議員個人の宗教観に関わるような議案であるため、普段から人の死について深く考え、自分なりの死生観をきっちり持ってたり、臓器移植や脳死に関する高度な勉強をしている人じゃないと、その判断は難しい。
「人の死」に関わることなのに、なかには特に興味はなく、他人事のように考えていたり、単なる感情論で賛成したり、反対したりしている議員もいたりするのだろうか。。。?
そんな事を考えていたら、現在ダイビングの事業者組合で僕らが行っている破壊されたサンゴ群落の再生・修復に関する話し合いに似ている気がしてしまった。
一湊タンク下のウスサザナミサンゴ群落の一部が破壊されて早くも1ヶ月以上が経っている。
なのに実はまだ地盤から外れて飛んだ群体は、群落の下部で固定されずにただ避難させられたままだ。
これはなぜかというと、一湊タンク下というポイントが、そこを利用するみんなのものであり、そもそも再生・修復自体をするのか?しないのか?から始まって、ボンドを使って固定するのか?自然物だけを使って固定するのか?など、すべては地元同業者の間での合議が必要なのだ。
しかし、自然に関することやその保護問題というのは、脳死の問題同様にいい加減な事は言えないだろうし、相当現場を観察したり、勉強したり、また自分なりの”自然観”がきちんとないと、「自分の意見」というのはなかなか言いづらいものだ。
そういう種類の問題なので、意見もなかなか出ず、それを待っているうちに時間ばかりが過ぎていく。
また、こういう問題はどうしても業者間で温度差が出てしまうのは避けられない。
「一湊タンク下」というポイントの使用頻度や愛着度に応じて、早く何とかしなければヤバイ。。。と強く危機感を感じている人がいる一方で、何か人事のような感覚になってしまい、結果、他人任せの状態になってしまっている人もいることだろう。
でも、それは仕方がない事だ。
さすがに僕も普段あまり潜ることのない島の南側のポイントで大規模にサンゴが壊れても、ショックぐらいは受けるものの、正直言って「何とかしなければ!」と危機感を感じることも無ければ、率先して現場調査を行ったり、自分なりの施策を練ったりと積極的に動くことはまず無いだろう。。。
少なくとも自らが主体になって動く気はさらさらない。
でも、対象が日々変化するナマモノなだけに、意見が出ない事によって問題解決がどんどん先延ばしになってしまうのは非常にヤバイ。
いざ、具体的な行動を起こすためにお金が絡み始めると、ようやく意見を出し始める業者もいてそれは当然と言えば当然なのだが、本筋であるサンゴの処理問題ではなく、責任問題などサンゴの処理とは直接関係ない事柄の論議が蒸し返され、またまたサンゴの処理問題の決議はストップ。。。(-_-;)
いったい、いつになったらサンゴの修復に手を出せるのだろうか。。。?
むしろ、何もしないなら何もしない、自然の浄化作用に期待する、と決議されていたら、その方が諦めもついたかもしれない。
先日の大潮で、ハナガタサンゴの仲間をはじめ、多くのサンゴが産卵を行ったようだ。
仮にウスサザナミサンゴも産卵していたとしたら。。。
もうこれ以上の手を加えるのは逆にマイナスになってしまう可能性もある。
(ボンド固定には地盤を磨いたりする必要があるため)
こういう議論には必ず温度差がある。
これは仕方がない。
どんな世界の話し合いでも一緒。。。
この温度差があるがゆえに、議案の決議が遅れてしまうわけだが、今回の対象は「生き物」なだけに待ってはくれないのがやっかいだ。
しかし、臓器移植法改正のような人の死を定義する重要な案件では、議員さんの中に少しでも温度差はあっては困る。
表決権のある議員さん、全員が”高い温度(熱過ぎぐらいがいい)”でまじめに勉強して、深く考え、全力で取り組んでもらいたいものだ。

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