議論を終えて – シリーズ「和名考」その8

今回は僕(HARAZAKI.NET)とねよしさん(富戸の波)のまとめコメントになります。
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neyoshi_base_bigger.jpgねよし – 富戸の波 (2010/04/23)
しげる君へ。
長い議論にお付き合い下さって本当に有難うございました。二人の遣り取りをご覧頂いた皆さんにも互いの考えを理解して頂けた事と思います。実り多い議論になりました。
僕が標準和名に強い関心を抱く様になったのは、1999年発刊の「海洋生物ガイドブック」に端を発するウミウシ類の和名の粗製乱造でした。標本採取とその分析・報告に因る事無く片っ端から「仮称」「新称」を付けた乱暴さもさることながら、「適当に」「取りあえず」と言った姿勢がその命名に感じられた事にショックを受けたのでした。
「多くの人が手に取る図鑑(ハンドブックと言い替えても同じ事)に名前を一旦載せてしまうと、それが定着してしまうのだから一つ一つの名前にもっと愛情を持って付けて欲しい」
と強く思いました。
ところが、当時もっとショックであったのは、ダイバーの皆さんからその様な声が殆ど聞こえて来なかった事でした。「和名テロはあったのか」と言う連載を「富戸の波」HP上で始めたのはそんな背景があってのことでした。
でも、読者の方々からは連載後も特別な反応は頂けず、標準和名について論じる事はそれ以降殆どありませんでした。だから、限られたテーマであったとはいえ、やはり和名に強い思いを持つしげる君との今回の議論は大変楽しむ事が出来ました。
さて、しげる君の前回のコメントにもあったので、「標準和名命名規則」の問題を最後に取り上げておきたいと思います。以前のコメントで、
>> 将来何らかのルール作りが
と書いた事もあるので、何らかの規則の制定を僕が望んでいると言う風に思われたかも知れませんが、実は正反対です。上で言う「ルール作り」とは、「多くの人で方向性を議論し合う」程度の意味です。これは誤解を招く表現でした御免なさい。
学名の命名規則の複雑さと堅苦しさを見るにつけ、標準和名にはそんな束縛は必要ない思います。人名や地名を冠した標準和名は個人的には反対ですが、規則で禁止するべき事ではないと思います。「ニセ~」や「~モドキ」の命名も僕は嫌だけれども仕方ないと思います。
  「~はダメ」
  「~は禁止」
と言った規則は僕が望む「豊かな日本語」「面白い日本語」とは相容れないと思えるからです。もし僕が「標準和名命名規則」を作るとするならば、その第一章は、
「標準和名の命名に際しては、何人たりとも本規則に制限を受けるものではない」
としてもいいと思う程です。ただ、ウミウシの和名騒動を教訓とするならば、
「標準和名の命名は採取された標本に基づいて行なう」
と言う規則だけはあった方がよいかも知れません。厳密な事を言えば、この標本の定義も正確に定める必要があるのでしょうが、その辺はまぁ穏やかに穏やかに。日本人の良識を信じましょう。「虫の名、貝の名、魚の名」と言う本に瀬能宏さんが書いておられるように、
  「ルールはないが配慮は必要」
と言う姿勢でよいのではないでしょうか。
世界に冠たる図鑑・「日本産魚類検索 第2版」の発刊(2002年)以降に発表された新種や日本初記録種を、日本魚類学界はそのHP上でリストアップしています。そこで、2007年3月から2009年12月の間にこのリストに入った100種の魚を調べたところ、地名或いは人名由来と思える和名は以下の10種でした。全体の10%です。

  • ウスジリカジカ
  • ニホンキンカジカ
  • オキナワホタルジャコ
  • クシモトダルマガレイ
  • オガサワラトラギス
  • イトウオニヒラアジ
  • ヤンバルサギ
  • ホソオビヤクシマイワシ
  • モリシタダテハゼ
  • ノトカズナギ

地名・人名を標準和名に付ける事について、二人の研究者の方からご意見を伺った事が嘗てあります。すると、お二人とも、
「標本が得られた場所を表しているのだから何ら問題ない」
と言うお考えでした。標準和名を実際に命名する機会が多いであろう研究者の方がそう考え、実際に現在もそれが続けられているのですから今後も一定の割合で「地名・人名魚」は続いて行くことでしょう。
でも、上で調べた最新100種の新称魚の中で、
「何じゃこれ?」
と強く興味を惹かれ、ついつい詳しく調べてみたのは「マカフシギウオ」と言う魚でした。
T-366-1.jpgマカフシギウオ 稚魚 (体長: 11.2mm)
Okiyama, Senou and Kawano (2007) Bulletin of National Museum of Nature and Science, Ser. A, 33 (1): 45-50.

この魚は稚魚期に上の図の様な訳の分らぬヒラヒラをぶら下げて泳いでいるのだそうです。本和名はその奇妙奇天烈な「外観」から名付けられたものです。この魚とて、「摩訶不思議」なのは稚魚期の短い間だけで、成魚を見れば、
「これのどこが不思議なの?」
と言われるのかも知れません。和名が混乱を生む元となるかも知れません。しかし、僕はこれは面白い命名だと思います。
「また和名に引きずられている」
としげる君は言うのでしょうか。でも、僕が
「和名に惹かれている」
事は間違いありません。
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shigeru_base_bigger.jpgしげる – HARAZAKI.NET (2010/05/10)

生き物の名前はたいして重要ではない

僕はダイビングの仕事を始めるずっと前、自然をガイドする仕事に着きたくて、インタープリター(自然案内人)や環境教育の様々な講習やセミナーに参加していた時期がありました。
その頃に日本自然保護協会の自然観察指導員の講習会にも参加したのですが、そこでで繰り返し講師の方が言っていたのが、
「生き物の名前はたいして重要ではない。名前に拘るな。名前を知らなくても自然観察はできる。名前よりも生き物の生活を見たり、感じたりすることが大切。」
という事でした。
しかし、当時の僕はそれを全然理解できず、「名前を知らなければ話にならない。ましてや指導者になるのなら名前を知らなくてどうする!参加者は名前を知りたいのに教えることができないガイドなんて全然ダメじゃん!」ぐらいの事を思っていました。
それどころか、そう言われたからといって名前を覚えない指導者は怠慢だ!努力が足りないんだ!などと思ったりもしていたものです。
実際、ガイドをしていると必ずゲストから名前は聞かれます。
そのため、ダイビング・ガイドを始めた当初は四六時中ずっと図鑑を手元から離さず、徹底的に魚の名前を覚えました。
魚の名前を覚えたら、フィッシュウォッチングが俄然面白くなったので、やっぱり名前は重要だ。。。とつい最近まで(屋久島に来る直前まで)そう思っていたのです。
ところがダイバーの来島はほとんど無い屋久島に来て、1人で黙々と潜る日々が続くようになると図鑑を見ても分からない魚がいても聞く人がいないため(屋久島に来る前までは魚に詳しい師匠がいつも近くにいた)、根本的な魚の見方や考え方、魚を見る姿勢みたいなものががらりと変わりました。
これまでは分からない魚が見つかると、図鑑で調べたり、詳しい人に聞いたりして満足していたのですが、屋久島に来てからは自分の中で種が識別できればいい、あえて名前を知る必要がない気がしてきたのです。
D.jpgkoganenise1.jpgatamate.jpg自分1人が「これとこれは違う種類だ」と識別できればいいわけだから、名前はAでもBでもいいわけです。
AやBでは味気ないので、自分なりにその種の特徴を基に「ケツ黒」とか「赤い彗星シャア」とか「頭テンテン」とかニックネームで呼べばいいわけです。
結局、生物の名前というのは人間があとから便宜上つけたもので、その目的は不特定多数の人間の共通認識を形成する事です。
実際それがないと、他の海域で潜るダイバーとの情報交換さえできない。。。
しかし個人やある一定の仲間内でフィッシュウォッチングを楽しむだけなら、特に標準和名のようなものは必要ない事に気づいたのです。
それ以来、「生き物の名前はたいして重要ではない。」という教えの意味を心から実感しています。
“名前を知らなくても自然観察はできる”どころか、種の識別だって問題なくできるのです。

僕のフィッシュウォッチング(自然観察)論

結構、混同している方が多いのですが、同じ「分類」でも”同定”(生物の名前を調べること)と”識別”(生物を見分けること)は似ているようで全然違います。
自然の中に入って、生き物を深く観察すればスグに分かる事なのですが、名前など知らなくても生き物を識別することは容易にできるし、また、そもそも名前を覚えた(知った)からといって、その生き物を自然の中で識別できるとは限らないのです。
「この子とこの子は別の種類、この子とこの子は同じ種類」などと識別できるようになるためには、本質を見る必要があります。
その生物の生活を見て、社会(コミュニティー)を見て、行動を見て、ようやく識別ができるようになる事が多々あります。
(これを僕は「生態分類学」と勝手に呼んでいます。(笑))
これが分かってしまうと、標準和名や学名は無意味な感じがしてきてしまいます。
フィッシュウォッチングというと未だに単なる「名前当て」に終始している感は否めません。
初めて見る魚に出会うと、大抵のダイバーは名前を知りたがります。
それはそれで良い事なのですが、写真を研究者に送るなどして名前を教えてもらったあとは、それが正解だと信じて疑わず、その後、継続観察して本当の正解を知ろうとする事なく、そのまま満足&納得してしまう方は、生き物に強いとされる現地ガイドさんの中にも非常に多く存在します。
また、その生き物の名前に拘るあまりに、本質を見ることができずにいる方も多い気がします。
標準和名は単に1人の研究者が見た一側面的外観や関連する地名・人名、はたまたまったく関係のない言葉を元に命名しているに過ぎないのに、どうしてもここに疑問を持ってしまうようです。。。(^^;)
そういう意味では和名は人間があとから勝手につけた単なる記号に過ぎないと考えています。
名前じゃなくて、もっとその魚の本質(社会行動や生活、分布や生態系全体から見た位置づけなど)を見て欲しいと常々思っています。
実は正直言って僕は、名前は知らないけど、「これとこれは同じ種類」、「これとこれは別の種類」という風に見分けることができれば(識別ができれば)、和名など何でもいいのではないか?と思っていたりします。(笑)
名前が分からないと楽しさ、面白さが伝わらない、関心をもってもらえないというのは本当でしょうか?
魚の面白い行動や生態を見れば誰もが関心をもつはずです。
実際、生物の面白い行動や生態を撮った写真や動画は見る人をひきつけています。
そして、そうした生き物の不思議な行動をテレビなどで見る場合、その生物の名前にはあまり拘っていない人は多いのではないでしょうか?
左の動画(キンセンイシモチの産卵行動)を見て、まずはイの一番にこの魚の正式な標準和名を知りたがったり、この魚がキンセンイシモチのドット型なのか?ライン型なのか?(キンセンイシモチは2種に分かれるとされています)などに拘る人はいるのでしょうか。。。?何はともあれ、名前よりもまずは感動したり、感心したりするのがごくごく普通の反応ではないでしょうか?

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また、根吉さんは”その魚をイメージ出来る様に標準和名のシステムがある”と言いますが、生き物に接する場合、まず名前から入ってその見たことのない名前の生物を探す、という手順を踏むものなのでしょうか?
通常はまずその生物を実際に現場で見て、それから名前を知りたくなって図鑑などで確認するという流れが普通なのではないでしょうか?
実際、ダイバーにとっては大抵の場合、「名前」からその魚が思い浮かばないのではなく、その魚を見て「名前」が思い浮かばないのだと思います。
これは言い方を変えると”魚の姿”が思い浮かばないのではなく、単なる”言葉”が思い浮かばないのです。
フィッシュウォッチングは「名前」ありきの”言葉”遊びではなく、まず「生き物」ありきの活きた魚を見る事が基本だと思います。
名前からその魚を思い出すのではなく、その魚から名前を思い出すのが本来の望ましい形ではないでしょうか?

“種の多様性”よりも”遺伝的多様性”を見ると自然観察は俄然面白くなる!

何やら「和名論」から「自然観察(フィッシュウォッチング)論」になってしまいましたが(笑)、ダイバーに限らず僕ら素人にとって「和名は何のためにあるのか?」という事を話題にする場合、これらは重要な事だと思います。
自然観察というと種の名前を覚える&知る(”種の多様性”を見る)遊びだと思っている方が多いけど、僕は”遺伝的多様性”を見るのが楽しいし、そうあるべきものだと思っています。
つまり、ヒト(ホモサピエンス=人間)という”和名”はどうでもいいから、中村君とか山田君の名前と性格を覚える、見るのが自然観察だと考えています。
だから、フィッシュウォッチングをするのなら、和名はあえて覚える必要もない気がするのです。。。
そこで提案があります!
種名を覚えるよりも、その個体に自分で名前をつけるなどして、それを覚えてはどうでしょう?(笑)
ちょっと乱暴な言い方になり、語弊があるかもしれませんが、
「標準和名にあえて過度な期待や役割を与える必要はまったくなく、しっかりした手順さえ踏めば名前は何でも構わない。」
これが僕の結論です。
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今回で”シリーズ「和名考」”は終わります。
いかがでしたでしょうか?
標準和名について考える機会になったのなら嬉しく思います。

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4件のコメント

  1. お世話になってます。
    竜串ダイビングセンターの美月です。
    このシリーズとっても好きで、
    始めから読ませて頂きました。
    たくさんの方にこのシリーズを見て頂きたい思いでいっぱいです。ありがとうございました。

  2. ご無沙汰しております!
    こんな長く、カタイお話を全部読んで頂き、ありがとうございます♪(*^^)
    きっと、なかなか、そんな方はいないでしょうから貴重な存在です。(笑)
    > たくさんの方にこのシリーズを見て頂きたい思いでいっぱいです。ありがとうございました。
    ありがたいお言葉!!
    相方の「ねよし」さんもきっと喜んでいると思います!(*^^*)
    和名を真面目に考えているガイドさんだったら、ねよしさんの「和名テロはあったのか」シリーズも面白いかと思います。
    ぜひ、ご一読を。。。

    http://www.onsenmaru.com/book/Book-library.htm#wamei

  3. >> きっと喜んでいると思います
    はい、大変喜んでおります。しげる君との共同作品に対して、美月さんの
    様に仰って頂けると本当に有難い思いです。ここから更に多くのダイバーの
    皆さんに議論の輪が広がって行けばと願っております。
    果たして、「ブラザーズ」ネタはシリーズ化なるか?
    しげる君にも、どうもありがとう。

  4. > 根吉さん
    こちらこそ、ありがとうございました!(*^^)
    このような話題に対して、美月さんのようなガイドさんに興味を持って頂けた事は、価値ある成果だと思います。
    また、何か一緒にやりましょう!!(^○^)

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